院長のコラム

僕の心の中の尾崎豊

尾崎よ、永遠に!

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20歳になり活動をしばらく休止した尾崎は、その後レコード会社を移籍してアルバムを制作した。須藤晃プロデューサーから離れたアルバムは精彩さを欠き、購入することなくCDレンタルで済ませた。しばらくして、尾崎は覚醒剤所持で逮捕された。覚醒剤使用は決して許されることではないが、あの10代の尾崎の華々しい活躍を知っていれば、その後の著しい創作活動の低下、レコード会社の移籍問題等悩みが相当あったことは想像に難くない、薬物に手を染めるのも致し方がないのかな、と当時思った。

刑期を終えた尾崎は、結婚し子供も生まれ、再び須藤晃プロデューサーとともにアルバム「Birth」を完成させた。路頭に迷い袋小路にいた、夜の帳の中で彷徨い続けた尾崎に、一筋の光明が見えたような、今後の尾崎の方向性を示す意欲的なアルバムだった。
しかし、発売された当時僕は、医師国家試験の勉強の最中で、真実・愛・正義・自由よりも、とにかく合格が欲しかった。「Birth」をじっくり聞きこむことはなかった。
国家試験合格後は、医師としてはもちろん社会人として、忙しく慌ただしくも代わり映えのしない退屈な毎日に埋もれて行った。聞く音楽は、カラオケで歌いやすい共感を得やすい甘く安っぽい流行曲が多くなり、胸に突き刺さり琴線をえぐる尾崎の曲は遠ざけるようになった。そんな中での尾崎の訃報は、やはり予感が的中したという納得と、僕の心の中のある種精神的な狂おしさに幕を下ろす時が来たことを告げるものであった。

尾崎が亡くなって20年近く経った。僕も結婚し子供が出来、今や一国一城の主となった。この間、尾崎のアルバムを自らの意志で聴くことはほとんどなくなった。世間知らずで青臭かった頃の自分を思い出し恥ずかしくなる一方、真実を追究し続けた尾崎の前で、今の自分は対峙することができるだろうか不安になるからだ。人を愛すること傷つけること、自分が本当の自分であること、社会の歯車にならず自由であり続けること、不変の真理を追い求め続けること、これらを常に考えていれば日々の生活を送ることなどできない。退屈でつまらないありふれた日常を精一杯生きるだけで手一杯である。それに、毎日のニュースを見ていれば、この世の中は不条理、不正、悪意、いじめに満ちあふれている。眼を伏せなければ、生きて行けない。

今となっては尾崎と真摯に向き合うことは出来なくなったが、尾崎によって触発され影響された10代の純粋無垢な魂は、僕の心の片隅で小さな灯を灯し続けている。そして、道に迷った時、その灯は陽となり僕を導いてくれる。自分が悩んでいる時、ふと口ずさんだ尾崎の曲にその答えを見いだすことがある。
尾崎と同時代に生まれ、尾崎に出会い、尾崎に共感出来て本当に良かったと思っている。僕の心の中では、今でも尾崎が生き続けている。

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