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私感 平成から令和へ


平成という時代が今終わろうとしている。次の世代へと終わりを告げようとしている。我が国に戦争はなかったけれども、度重なる災害、オウム真理教によるテロ、そして大震災、悲しい出来事、容認し難い出来事、辛い出来事があった。その由来通り平和だったかと問われれば、今を生きている人々、それぞれに去来するものがあるはずだ。平成から令和の転換点の今日、自分の備忘録に生きていた証をつれづれなるままに書き留めておこう、ふと思った。

僕は、平成三年に医師国家試験に合格した。その後、二十七年の時を経て今の僕がここにいる。当時、医学の(社会の)右も左も分からないひよっこが、現在、医療法人の理事長である。しかし、当時と今も変わらないことがある。果たして自分の生き方は正しいのだろうか、常々自問自答し続けている。他人の評価なんて全く気にしない。強いて言うなら、自分の家族さえ評価してくれればいいと考えている。けれども、自分の心の声に耳を傾けろ、そう自身に対して鼓舞している本人に確信と核心がないのだ。今も変わらず暗中模索の人生なのだ。したがって、道に迷わぬよう目標を設定する。あまりにも低いレベルのゴールのせいか、設定した目標に何度も辿り着けた。低いとは言え頂上に辿り着いた瞬間は満足するのだが、そこに立ったことで新世界が開け、それが通過地点であったことを何度も経験してきた。話がそれて、しかも観念的になってしまった。平成という時代は、卵から孵化した幼虫がさなぎになり、羽化してカブトムシになった僕の成長の物語なのだ。父が昭和という時代を全力で駆け抜けたように、平成という元号は僕が最も輝いた時代なのだ。

平成から令和を迎えようとしているこの時、改めて、昭和から平成へと元号が変わった時の記憶を記録しておく。昭和六十年三年秋、昭和天皇の御容態が芳しくないことは国民に知れ渡っていた。ニュースが連日、陛下の体温、血圧、脈拍数を伝えた。「そんなんで何分かるん?もっと病状の伝え方があるんと違うん。」医学生ながら思ったものだ。バブル景気真っ只中の年末にも関わらず、重苦しい雰囲気が日本中を覆っていた。その日がいつ来るのか、声に出さなくても皆が感じていたに違いない。年が明けても陰鬱なムードは晴れるどころか一層重苦しくなった。どの番組でも、陛下のバイタルサインが終始テロップで流されるようになったからだ。昭和六十四年一月七日朝、ついにその時が来た。その日の昼過ぎ、小渕恵三内閣官房長官から新元号が平成であることが発表された。

前回と比較して今回はどうだろう。本日陛下は御退位され、明日皇太子殿下が御即位される。これにより、通常のゴールデンウィークが四月二十七日から五月六日までのプラチナウィークになった。海外旅行者は対前年比七%も増え、行楽地はどこも賑わっている。現在の日本に、息苦しい雰囲気は感じられない。天皇陛下の御退位の在り方について議論する気は微塵もないが、前回の自粛ムードを知っている人間とすれば隔世の感を禁じ得ない。この雰囲気が、新しい時代の幕開けを物語っているように感じているのは僕だけだろうか。とともに、自身、令和という時代を生き抜いていけるだろうか心配である。父が亡くなった年齢まで後七年、僕は父を超えることが出来るだろうか。二日酔いのもうろうとした状態でこの文章を、今、書き記した。

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