院長のコラム

生まれ来た子供たちのために

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「ツイてるねノッてるね」、ミポリンの曲の一節である。十七年八月二十日、僕にとって、誕生日と正月とお盆が一気に来たくらいの衝撃的な日になった。こんなにツイていた日は、人生で三本指に入るくらいである。このコラムは僕の備忘録も兼ねているので、何年後かに見直した時、きっと一人悦に入っていることだろう。

世帯を持ってから自宅を建てるまでの十年の間、十回程度の引っ越しをした。短くて半年、長くて三年、引っ越し貧乏という言葉があるが、その都度荷物が整理されていった。けれども、学生時代に購入したクラシックギター、大学院生時代に購入したフェンダーのエレクトリックギターは整理できず、まさにお荷物状態がずっと続いた。いつかきっと弾くだろう、長年抱いた希望的観測はもろくも崩れた。しかし、今や二本とも息子のアパートにある。軽音楽部に入部した長男が父の無念を晴らしてくれた。息子曰く、「現在同じようなモノを手に入れようとすると結構高いんやで。微妙な(経年)変化も味があっていいよ。」らしい。子供が成人してから、かつて自分が使っていたものを譲れるようになった。

最近は、実物だけですまなくなってきた。趣味趣向まで伝導するようになった。その一つがミュージシャンの佐野元春さんである。十代の蒼い僕の魂に灯をともしてくれたのが彼だった。十代から四十代、いつも僕の側には彼がいた。そしてこれからも僕の側には佐野さんがあり続ける。それは即ち、カーオーディオから流れる音楽は佐野さんが多かったことになる。物心つかない時期から聞かされていた子供が、何時の頃からか自らの意思で聴くようになり、今ではコンサートに一緒に行くようになった。アマチュアだが演奏活動をしている彼曰く、「佐野さんはいつ聞いても新鮮。挑戦し続けている姿勢が伝わって来る。」そうだ。

もう一つがファッションである。僕が高校時代、黒の衝撃としてパリコレにデビューした川久保玲と山本耀司。学生時代はさすがにセールでしか購入できなかったが、九十二年春から自ら稼いだお金でヨウジヤマモトを買うようになった。以来一度も欠かすことなく毎コレクションごとに購入してきた。今後も、耀司さんが生き続ける限り買い続けることだろう。子供たちが中高生の頃、と言ってもほんの数年前のことだが、夫婦で参観日に出席すると煙たがられた。変わった夫婦、マトリックス夫婦と同級生から揶揄されていたそうだ。けれども最近、子供達は、アディダスと山本耀司さんのコラボブランドY-3に興味を示すようになった。今回のお盆、銀座シックスに再オープンしたグラウンドワイに長男を連れて行った。語る言葉がないほど気に入ったようだ。父曰く「勉強ほどほどに頑張れよ。」

僕の父はどんな音楽を好んでいたか、あまり記憶にない。クラシックと歌謡曲、当時の懐メロと呼ばれていた音楽を聞いていたようだが、熱烈に聴いていた音楽家はいなかった。父は周囲からおしゃれと言われていた。よくスーツを仕立てていたようだが、生地にこだわっている訳でもなく、もちろんお決まりのテーラーがあった訳でもない。したがって、父から唯一譲り受けた服は、医師になった時、母の兄から誂えてもらった外套(マント)だけである。だから、父親を反面教師として、僕は子供たちにお金を残さないことにした。決して高いものではないが、両親の生き様をモノに託して子供たちに伝え残して行こう、そう決意した。

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