院長のコラム

闘牛への道、その後

納車されてまもなく、ディーラーからツーリングイベントの案内状が届いた。七月十四日、名神高速吹田サービスエリアから岡山国際サーキットへのツーリング、そしてサーキットでのパレードランが予定されていた。見た瞬間、「参加したい!」と思った。けれども、アベンタやウラカンに乗っている硬派なオーナーからすると、僕のような軟弱かつ「快適でさえいれば良い!」なんてうそぶく軟派野郎が選んだウルスをランボルギーニの一員として認めてくれるだろうか、危惧した。取り敢えず、ディーラーに参加可能かどうか問い合わせてみた。二つ返事で「是非とも。」の返事、「では、よろしくお願いします。」額面通りに受け止めることにした。前日、京都入りすることが分かっていたのでまさにグッドタイミングだった。

老舗旅館の朝食に後ろ髪をひかれながら、早朝京都を後にした。八時半、集合場所は名神吹田サービスエリア上り線だった。京都からだと集合場所は反対車線になる。勝手知った地ではないのでナビに任せる他ない。途中、反対車線をランボルギーニと何度もすれ違うのだが、一向にインターチェンジを降りるよう指示しない。そのうち兵庫県に入り、集合場所からどんどん離れていく。「このナビ大丈夫か?」、最終的にはどうにかこうにか目的地に時間通りたどり着けたが、この不安が空前絶後、驚愕の事態を招くとは、この時は知る由もなかった。集合場所には十数台のランボルギーニが集合した。一台でも目を奪われるのに、それが十数台ともなると圧巻の光景だった。ウルスは僕と先導車(ディーラー車)の二台であった。各車両に無線機が手渡され、開会式の後、隊列を組んで岡山国際サーキットを目指した。道中二度ほどサービスエリアで休憩したが、十数台のランボルギーニが一同に介すると熱い視線が投げかけられすぐさま写真撮影会場になった。今まで写す側にいたので、写される側になってみると妙に気恥ずかしかった。

中国自動車道美作インターチェンジを降りて、前代未聞の非常事態が起きた。詳細は書けないが、朝の不安が的中したのだ。我々が岡山国際サーキットに到着したのは、予定時刻から一時間も過ぎていた。クラブハウスでフレンチを寛ぎながら堪能するはずが、ファストフード並みの三十分で掻き込むはめに。したがって、参加した人々とじっくり交流することもなくパレードランに突入することになった。どうも雑誌社との協賛で、レースの合間を借りてランボルギーニを一斉に走らせるイベントのようだ。先導車に追随して走るだけで全開走行などもってのほかである。とはいえ、かつてF1が開催されたコースである。コースのど真ん中に立った時は、「ウルスを購入して(正式には残価設定なので借りることが出来て)良かった。」心が震えた。万感胸に迫った。レースの余興なので、走行中、モータースポーツファンから熱烈な眼差しを送られた。スピードも出せないのに、ステアリングを握る手に力が入った。たった二周回ではあったが、雲の上を走っているような夢見心地のドライブであった。その後、現地解散で自宅を目指した。三連休中の中日ということもあり、神戸で激しい渋滞に見舞われた。約十二時間、走行距離にして600キロ、長い長い一日が終わった。

スーパーカーブームから四十年後、SUVとは言えランボルギーニを購入(しつこいようだが正式にはレンタル)することが出来た。医学生から二十五年後、かつて憧れたアイルトン・セナが走ったサーキットコースを走ることが出来た。開業した十二年前からつい最近まで、フェラーリやランボルギーニのオーナーを経営者として冷笑していた。今や、かつての自分が軽蔑していた人間に僕はなってしまった。ここ最近、あり得ないことが起こり、意外な展開に進んでいる。成長の証なのか、はたまた堕落への一歩なのか、今のところ神のみぞ知るである。正解か不正解、成功か失敗、栄光か没落、現時点では予測不能である。一つ言えることそれは、「僕は違うステージに立った!」、それだけは確かである。

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