院長のコラム

#LESLIE KEE(レスリー・キー)


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 僕の家族には着道楽のDNAが刻み込まれているのだろうか。亡くなった両親とも衣に対して一家言あった。残念ながら、彼らから譲り受けることが出来たものは数点である。父からは若き日に誂えたポンチョコート、母からは半幅帯を受け継いだ。物品としてはたったそれだけだが、衣に対する魂は根深いほどに引き継いだ。三十年前、日本にはDCブランドブームが巻き起こっていた。当時医学生だった僕は、セールで購入することがほとんどだったが、着こなしの何たるかも分からないままブランドの服を買い集めた。着飾ることに父は抵抗がなかったようで、有り難いことに足りなくなった時はいつも指定口座にすんなり入金してくれた。あれから三十年、今度は自分が父の役割を果たす時が来た。

高校時代、野球一筋でファションのファの字も言わなかったかつて坊主頭だった次男は、浪人して以降、アディダスのスニーカーのことやヨウジヤマモト、Y-3のことを突然言い出した。帰省する度、クローゼットや靴箱をあさるようになり、時には黙って持ち帰るようになった。今年、晴れて大学生になるや、ヨウジヤマモトの世界の本店青山店、銀座SIXのグランドワイに連れて行って欲しいとせがまれた。時を同じく、表参道ヒルズにワイズの旗艦店がオープンしたばかりである。後で知ることになったが、表参道ヒルズにはY-3の国内最大店舗まである。今年のゴールデンウィークを九連休にしたこともあり、合格祝いも兼ねて息子達を東京に連れて行くことにした。

四月二十九日、先ずは神宮前のお目当てのレザーショップにホテルからタクシーで行って、そこから表参道ヒルズへ、しばし買い物をした後、六時を目指してヨウジ青山店に向かった。休日のせいもあり、とにかく人が多い。しかも、外国人が多かった。東京はほぼ初めての次男は、圧倒されっぱなしである。ヨウジのあるみゆき通りは、コムデギャルソンやプラダ等名だたるブランドが集結する日本でも一、二を争うブランドストリートである。「コムデギャルソンってここにあるんや。」、我々には見慣れた光景だが次男には相当新鮮に映ったようだ。「ちょっとコムデギャルソン見たいんやけど。」と次男、次男のちょっとが一時間と分かっている我々は、約束もあったため「また明日な。」とショップの前を素通りしてヨウジに向かった。

我々が伺った夕刻には、いつになくお客さんが多かった(店長さんに聞くと、昨日よりかなり少なかったとのこと)。年に数回訪れる程度だが、ここ数年、来店者数が以前よりも格段に多く、ブランドの勢いをひしひしと感慨深く感じている。そんななか、来店者の中に見覚えのある顔を見つけた。現在の日本で最も勢いのあるファションフォトグラファーと言っても過言ではないレスリー・キー、本人である。商品を見ていると、長男がすっと寄ってきて「あれレスリー・キーやろ、頼んで一緒に写真撮ってもらいたいんやけど。」、「店長さんと話し込んでいるから、落ち着いてから店長さんに頼んでみるわ。」と僕。そうこうするうち、以前、ヨウジのレセプションパーティーでレスリーと一緒に写真を撮ってもらったご縁もあり、店長さんの方からレスリーを紹介された。第一声が「その(レザー)ジャケットどうやって手に入れたの、僕も欲しかったのよ。」だった。聞いたところによると、僕が入店した時からレスリーは我々が気になっていたそうだ。その後三十分ほど、レスリーのマシンガントーク攻めにあい我々親子は防戦一方だった。レスリーは著明な写真家にも関わらず、我々のような一般人にも偏見なく気さくに話しかけてくれ、話す内容からも彼の写真に対する姿勢や態度を垣間見ることが出来た。マシンガントークの片や、彼は非常にサービス精神旺盛で気遣いが出来ていて、息子二人に自身の写真集にサインをしてプレゼントしてくれた。

レスリーのお陰で、次男は目的としていた世界の青山本店で商品をじっくり見ることが出来なかった。けれども、それ以上の経験をさせてもらえた。あの日、あの時刻、あのタイミング、単なる買い物旅行が、我々家族にとって一生忘れることの出来ない思い出の日になった。日常生活で苦しいことや辛いことがあったとしても精一杯生きていれば報われることがある、そんな気分になれた至福の時間であった。

 

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