月面に降りた「右中非行師」(右へ左に彷徨う中年非行医師)〜49歳と59歳の影を越えて、還暦の無重力へ〜
【血脈の暗号と、二人の教師】
母は49歳で卵巣がんに倒れ、父は59歳時に胃がんでこの世を去った。
がんなど「ガン無視」して笑い飛ばせればどれほど楽か。だが、臨床の現場で日々患者の病と対峙する一人の医師として、そして何よりその血を引き継ぐ当事者として、現実を直視しなければこのサバイバルレースを生き残ることはできない。
はたして遺伝という不可避のプログラムなのか、それとも環境や感染症という外因なのか。
現代医学の知見を総動員して自らのルーツを解析してみる。母の卵巣がん――真っ先に頭をよぎるのは遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の可能性。知る限り家系内に乳がんや卵巣がんを患った親族は見当たらない。母自身、やや肥満気味ではあったものの非喫煙者であり、酒も嗜む程度で食事も偏りのない標準的な生活を送っていた。
一方、父の胃がんもまた深い謎を残した。現在でこそ「胃がんの最大原因はピロリ菌(Helicobacter pylori)」という事実が常識化しているが、父のケースはなんと「ピロリ菌陰性胃がん」という極めて稀なケースだったのだ。生活習慣も母と同様、偏っていたわけではない。医学的エビデンスの枠組みすら軽々とすり抜けて逝ってしまった二人。
何が彼らを死へと導いたのか。僕の眼前には、未解読の暗号だけが取り残された。
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