院長のコラム

僕の心の中の尾崎豊 (2026年、還暦の独房にて)

(この記事は15年前に書いたものに、還暦を目前にした今の想いを加筆したものである。)
【精彩を欠いた偶像と、届かなかった「Birth」】
二十歳になり活動をしばらく休止した尾崎は、その後レコード会社を移籍してアルバムを制作した。須藤晃プロデューサーから離れたアルバムは精彩さを欠き、購入することなくCDレンタルで済ませた。
しばらくして、尾崎は覚醒剤所持で逮捕された。覚醒剤使用は決して許されることではないが、あの十代の尾崎の華々しい活躍を知っていれば、その後の著しい創作活動の低下、レコード会社の移籍問題等悩みが相当あったことは想像に難くない、薬物に手を染めるのも致し方がないのかな、と当時思った。

【甘い流行歌に逃げ込み、訃報に「幕引き」を見た日】
刑期を終えた尾崎は、結婚し子供も生まれ、再び須藤晃プロデューサーとともにアルバム「Birth」を完成させた。路頭に迷い袋小路にいた、夜の帳の中で彷徨い続けた尾崎に、一筋の光明が見えたような、今後の尾崎の方向性を示す意欲的なアルバムだった。
しかし、発売された当時僕は、医師国家試験の勉強の最中で、真実・愛・正義・自由よりも、とにかく合格が欲しかった。「Birth」をじっくり聞きこむことはなかった。
国家試験合格後は、医師としてはもちろん社会人として、忙しく慌ただしくも代わり映えのしない退屈な毎日に埋もれて行った。聞く音楽は、カラオケで歌いやすい共感を得やすい甘く安っぽい流行曲が多くなり、胸に突き刺さり琴線をえぐる尾崎の曲は遠ざけるようになった。そんな中での尾崎の訃報は、やはり予感が的中したという納得と、僕の心の中のある種精神的な狂おしさに幕を下ろす時が来たことを告げるものであった。

 

医師国家試験、そして代わり映えのしない退屈な日常。 僕はいつしか、胸を抉る尾崎の曲を遠ざけ、甘く安っぽい流行歌に逃げ込むようになっていた。一国一城の主となった今、真実を追い求めた彼と対峙するのが怖かったのだ。だが、還暦を前にして気づいた。眼を伏せて生きる時間は、もう終わりだ。続きは「note」で。https://note.com/hazremon/n/n11992394093c?app_launch=false

このコラムを読んでいただいた方へ
かつて尾崎豊の『十七歳の地図』触発された蒼い魂は、今や「六十歳の迷路」に呆然としています。
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読んでいただいた暁には、互いに今こうして生きていることを享受できれば幸甚です。

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