院長のコラム

白衣を捨てた医師が、たった一文字の「叛逆」に命を懸けるまで ── 自叙伝タイトル漂流記

6月末に刊行される予定の自叙伝「ハズレモンの美学〜黒衣に刻む孤独と叛逆の勲章〜」
ホームページに以前、連載した「タイトル」の変遷をnote用にまとめました。

第一章:仮題「Naked」の違和感と、僕が僕であるために
この物語は、ある開業医のアイデンティティを巡る、過酷な自叙伝のタイトル漂流の記録である。
「自叙伝を自費出版しませんか」――こんな僕に運命の導きが舞い降りた。自院ホームページの「院長コラム」が、とある出版社の目に止まった。ものは言いようで、きっと、カモにされたのだろう。
地方のいち開業医が20年近く毎週のように紡ぎ続けてきた、およそ医学とは関係のない、生き様やロックへの傾倒を綴った泥臭いコラム。それがどういうわけか、月に数千人もの「見えない読者」を惹きつける奇妙な場所になっていた。
自叙伝を世に問うにあたり、当初、思い浮かんだタイトル案は『僕が医者である前に 僕が僕であるために』だった。10代の頃、尾崎豊に色濃く影響を受けたことがイメージできるものだった。
というのも、物語の軸を「医師・長嶋雄一」という社会的記号に置くのではなく、その奥に潜む「人間・長嶋雄一」という一人の男の生き様に据えたかったからだ。医師という看板を下ろした時、一人の人間としてどう生きてきたか。その純粋な自問自答を、そのままタイトルに託したいと考えた。
原稿が熱を帯びていく中、編集担当者から執筆本のタイトルが提案された。メインタイトルを『Naked』とし、自案をサブタイトルに回すという構成――『Naked〜僕が医者である前に』だった。
「Naked」——裸の、剥き出しの、ありのままの。自らの過去を抉り、隠しておきたい傷跡までさらけ出す本書の内容を象徴する言葉として、確かに合致していた。
ところが、どうしても違和感が拭えない。「Naked」という言葉を前にして、伝えたいメッセージの輪郭が自身の心に鮮明に浮かんでこない。著者自身がピンとこない言葉が、読者に届くはずもあろうか。洗練されているようだが、どこかフックに欠ける。エッセイなのか自己啓発本なのか、その「尖り」が見えてこなかった。

第二章以降は、noteの独房で。無料で読めます。https://note.com/hazremon/n/n950c270a1739?magazine_key=m9ed2d799b42f

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