『田辺市高等教育機関(大学)設置可能性調査検証結果報告書』に思う。(6)
【「延期」という沈黙が物語るもの】
折しも3月23日、田辺市は公立大学設立構想を巡り、3月中に予定していた「市の方向性」の公表を延期すると明らかにした。「少なくとも1カ月程度の猶予を頂きたい」――。市議会特別委員会での市当局の説明を、地元紙「紀伊民報」が報じている。
この足踏みが、2月末と3月中旬に僕が投じた一連の寄稿と無関係であるかどうか、僕には分からない。しかし、診察室の窓越しに聞こえてくる市民のさざめき、そして僕のもとに届く切実な声の数々を思えば、あの投稿が静かな湖面に投じられた「礫(つぶて)」となり、看過できない波紋を広げた可能性を、僕は否定できない。
【武雄アジア大学の衝撃:26.4%という「現実」】
報道の直後、この国の地方都市が直面する「教育の末路」を象徴するようなニュースが飛び込んできた。
4月4日、佐賀県武雄市に開学した「武雄アジア大学」の入学式。蓋を開けてみれば、入学者数はわずか37人。充足率26.4%という、凄惨なまでの定員割れである。
私立大学とはいえ、武雄市はこの法人に19.5億円もの公費(補助金)を投じている。初年度からこれほどの大幅な欠員を出した以上、今後の事業継続性に重大な懸念が生じるのは火を見るより明らかだ。 市長は「追加補助は出さない」「公立化もしない」と強気の姿勢を崩していないが、一度走り出した列車を止めるのは、動かすより遥かに困難だ。この「泥沼化」の予兆こそ、僕が本コラムの第1部で「致命的な経営リスク」として警告した、まさにその姿ではないか。
武雄で起きた「充足率26.4%」の衝撃。それは、僕が警告し続けてきた「泥沼化」の現実そのものでした。ここから先は、僕がこの地で「痴呆の開業医」として声を上げ続ける真意、そして次世代への責任について語ります。続きは「note」へ。https://note.com/hazremon/n/n33eb865ec17c?app_launch=false





