院長のコラム

さらば海陽学園(3)(我、デッキに佇む)

 

いよいよ海陽学園に別れを告げる時が来た。生徒達は中高六年間の三分の二を学園で過ごす。それ故、どうしても地元との交友関係が疎遠になってしまう。そんな彼らのために学園で成人式が執り行われる。成人式への案内は、二浪していれば受験真っ只中に届く。長男の時は、不安を抱えながら出席の返事を出した。どうにかこうにか志望校への合格を勝ち取り、親子ともども晴れ晴れしい気持ちで参加したのが昨日のことのようである。次男も長男と全く同様だったが、滑り込みセーフ、三月十七日の成人式に親子ともども参加することが出来た。

いつもは車で行くのだが、今回は公共交通機関を利用して学園に向かった。三河大塚駅から学園までの車中、二年ぶりの海陽学園周辺の変貌には驚いた。二年前、建設中だったトヨタグループの研修施設は立派に完成していた。学園の隣には海陽多目的広場と称する広大な運動公園も出来ていた。学園の向こう側には大きな建物が現在建設中である。聞くところによると会員制リゾートホテルのエクシブだそうである。しかも、数あるエクシブの中でも更に高級なベイコート倶楽部だそうだ。冷やかし半分に会員価格を調べたが、驚愕の高さに震え上がってしまった。周辺は劇的に変化していたが、久しぶりの学園は何も変わっていなかった。

成人式は、二年前同様ダイニングホールで行われた。二部に分かれており、第一部の「成人の集い」では校長や蒲郡市長からの挨拶、新成人の誓い等通常通りに式が進行した。記念品贈呈の際、卒業生七十六名に対して六十九名の出席を確認することが出来た。欠席の生徒は、留学等で止むに止まれぬ理由がほとんどだったそうだ。これは驚異的なことである。自分の母校(公立高校)でもし成人式が開催されたらどうだろうか。同窓会幹事をしている経験から、おそらく三割弱しか出席しないだろう(もちろん僕は欠席)。卒業生の母校愛の一端をうかがったような気がする。第二部は卒業生が主体の「成人を祝う会」である。普段は先生・生徒の食堂が宴会場と化す。料理はもちろん各種お酒が振る舞われる。今回は、保護者の粋なはからいで樽酒の鏡開きも開催された。第二部は生徒たちもそうだが、保護者同士が旧交を暖める場でもある。挨拶し挨拶され、約二時間半の会はあっという間に時が過ぎた。子供達は各々のグループに分かれ、保護者は近くのレストランに場所を変え二次会に移った。保護者懇親会も、参加していただけた先生全員の挨拶に保護者全員の近況報告と、和やかで濃密な二時間となった。我々が泊まっていたホテルには多くの保護者も泊まっており、妻に聞いたところ三次会が夜中の十二時まであったそうだ。卒業生同様、海陽保護者のパワーも相当なものである。

僕は、海陽のダイニングホールに繋がるデッキから見渡す三河湾の光景が好きである。ぼくが住んでいる地域の黒潮と異なって波が穏やかで優しい。左手に渥美半島が見え、風力発電所のあるところが確かレクサスの田原工場があったように覚えている。そこで作られたレクサスが全国、全世界へ送られていくのだろう、大型の貨物船がゆっくりのんびり進んで行く様は見ていて飽きない。悠久な時の流れを感じる。成人式の合間にデッキに出てみた。おそらくもう二度と立つことはないデッキに佇んで、穏やかな春の日の三河湾を眺めながらふと思った。行き交う船のように、息子たちの海陽学園での六年間は、長い人生の通過点、あくまでも点にしか過ぎないと。点が正しいかどうかなんて線になってみないと分からない。線が正しいかどうか、軌跡を振り返って初めて理解できる。二人とも二浪したとは言え、志望学部に入学することが出来た。在学中は、通常の学校とは全く異なる形で子供の成長を見させてもらえた。全国各地の保護者と沢山の素敵な時間を過ごすことが出来た。これ以上何を学園に求められよう。海陽学園に入学させて良かった、心底思っている。学園のことを書くことはもうそうそうないだろう。在校生、これからの学生保護者に少しでも参考になれば望外の幸せである。さらば、海陽学園、そして、ありがとう、海陽学園。

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