院長のコラム

2025年 激動の記録(前編):公・業・私にわたる四半期の事象

改めて2025年という一年を振り返ってみる。
第1四半期の記録は、その大半が自費出版にまつわるコラムで占められている。そもそも僕の本業は、街外れの梅圃地域に看板を掲げる場末の開業医だ。文筆家でもなければ、高尚な文学を飯の種にしているわけでもない。強いて言うなら、クリニックのホームページというささやかな領地に、「院長コラム」という名の駄文を二十年近くも書き散らしてきたに過ぎない。それはカルテには書けない、患者の病状よりも複雑な僕自身の心の処方箋であり、生産性とは無縁の、いわば一介の徒然草であった。
ところが、人生とはつくづく分からないものだ。何の因果か、拙文がある出版社の目に留まり、トントン拍子で自費出版の話が進んでしまった。この僕が、還暦を前にして作家の端くれになるという。渡辺淳一氏への第一歩は、何と350万なり。文字数にして、およそ9万文字。――吐き出した言葉の重みに見合う代償なのか、あるいは虚栄心の付け札なのか、僕にはまだ、判断がつかない。
アイドルを夢見る十代なら若さと勢いで踊りもしようが、六十手前の男は、ただ出版社の掌の上で無様に踊らされるだけである。もっとも、若造と違って今さらブレイクする心配もなければ、これ以上人生を踏み外す恐れもない。そこだけが、唯一の救いである。
担当者との喧々諤々の協議により、多事多難な自らの人生の歩みを綴ることに辿り着いた。「俺の人生なんて、誰が読むのだろう?」と不安を抱きながらも、自己救済になるのかはたまた自己批判に繋がるのか、改めて我が人生を振り返る半年強の内省の旅に出かけることになった。

第2四半期は、長女の医師国家試験合格と、僕のライフワークであるライブへの参戦に明け暮れた。
長女に関しては、合格を祝うコラムをしたためた時点で、実は彼女の妊娠が判明していた。結婚、妊娠、そして国家試験。それはまるで、盆と正月と誕生日、ついでに台風と地震が一度に押し寄せてきたような、途方に暮れる騒ぎであった。「運命は神のみぞ知る」とは言うが、当時はとても公にできる心境ではなく、ただ黙して時を待つしかなかった。それが後の期に、まさか一族の命運に関わるような重大事態に発展しようとは、露ほども思わずに。
一方、ライブに足を運ぶのは、残り少ない人生を心置きなく謳歌している証左だ。爆音に身を委ねれば、凝り固まった価値観が解き放たれ、「明日も頑張ろう」という現金な活力が湧いてくる。「あのクソ野郎!」と心のなかで罵詈雑言を浴びせるもう一人の僕は、いつの間にか灰燼に帰している。
なにせ、僕には「借金完済」という、逃れられぬ四文字熟語が心と背中に張り付いているのだ。みうらじゅん氏が提唱する「アウト老」の境地へ辿り着くには、まだ少し、煩悩の火が強すぎるらしい。もっとも、その火が消えてしまえば、僕のペンもまた、インクを失うのだろうが。(後編につづく)

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