院長のコラム

白血病と聞いて

競泳の池江璃花子さんが、白血病であることを告白したのは衝撃だった。趣味程度だがスイミングをしているので、彼女のニュースになったら画面を食い入るように見ていた。なんちゃってスイマーにも大変参考になるダイナミックな泳ぎである。大会のたび日本記録を更新し、2020年の東京五輪では騎手になってもおかしくない雲上人ではあったが、おぼおぼスイマーにとっては身近なお嬢さんだった。よくよく考えれば、僕の子供たちと同世代である。憧れのスイマーでありつつも、娘と変わらない池江さんが今、病気と戦っている。同じように家族が闘っている。運命と言うにはあまりにも残酷すぎる。神様の思し召しだとしたら、神様なんていやしない!とさえ思える。今一度、池江さんの元気な姿が見られるよう、ひたすら願うだけである。

胃腸科専門といえども一応内科総合専門医である。研修医時代には内科全般を学んだ。血液内科は大学病院と関連病院で約半年学んだ。その中に忘れることの出来ない患者さんがいる。発症間もない非典型的な骨髄性白血病の三十代の男性患者さんであった。研修医に出来ることと言えば二つしかない。一つは、強力な化学療法後の頻回の血液検査チェックである。赤血球・血小板が低下すれば輸血のオーダー、白血球が減れば好中球を増やす製剤を投与する。もう一つは、見守ることと話を聞くことである。治療中は、副作用の吐き気、嘔吐、下痢、倦怠感、食欲低下のため、傍目でみても相当な辛さが伝わってきた。副作用のピークが早く過ぎることを祈るだけである。僕が研修医の頃はまだまだ病名告知は一般的ではなく、もちろん、インターネットも普及しておらず情報化社会の夜明け前であった。けれども、血液の病気で強力な点滴治療をしていれば、薄々病気のことは感づいていたはずである。病気に対する葛藤があったのだろう。内地(本州)から来ている研修医のことを何かと気遣ってくれたのだろう。多岐にわたって色々なことを話してくれた。一旦小康状態を得て退院した際には、自宅が近所だったこともあり夕食に招待してくれた。大学病院を離れ市中病院に移ってしばらくして、医局スタッフから訃報を知らされた。約一年の闘病生活だったように覚えている。長い医師人生の中で、受け持ち入院患者さんから自宅に招かれ、自宅に弔問に訪れたのは最初で最後の出来事となった。

池江さんが白血病であることを聞いて、直ぐ様、◯田さんのことを思い出した。あれから二十五年以上が過ぎた。あの頃瑞々しい研修医だった僕は今、医療法人の理事長になり四人の子供の親になった。当時幼稚園児だった男の子や奥様は今、どうしているのだろう。旭川の地で元気にしているのだろうか、一家の大黒柱を失った家庭はどうなったのだろう、ふと思い出した。今となっては知る由もない。昔と比べて格段に治療法は進歩し、骨髄移植も当時と比べて普及したとはいえ、造血臓器である骨髄を徹底的に叩くため、非常に強力な抗癌剤治療をしなければならないのは変わりない。自分の経験上、池江さんが壮絶な闘病生活を送っていることは想像に難くない。おそらく大学病院、もしくはそれに準じる病院で治療を受けているはずなので、あの頃の僕のような受け持ち研修医はどのような気持ちで彼女に接しているのだろうか、思いをめぐらせた。とにかく願うことは一つ、彼女が病気を克服すること、ただそれだけである。

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