院長のコラム

「やればできる子」だった!〜作家のようなもの(前編)〜

縁あって自費出版することになった。「そんな大それたこと、(俺に)できるわけがない」と最初は思った。自分の人生を本にするなんて、何かとてつもなく偉業を成し遂げた人だけに許されることだろう。医学部教授ならまだしも、市井の医者でしかない僕が、何を語るというのか。実現不可能と、一介の医者ごときがという羞恥心が頭をよぎり、二の足を踏んだ。
しかし、同時にこうも思った。亡くなった両親と僕自身の、この世に生きた証を、何か形にして残しておきたい。人生百年時代と言われるけれど、誰の人生もいつか必ず終わりが来る。僕も、いつか必ずこの世を去る。そのときに、僕たちが生きた軌跡を何かしら残すことができれば、それはきっと意味のあることだろう。後世に残すなんて大げさな話ではない。僕たちのことを知る誰かが、手に取って読んでくれるだけで十分なのだ。
この本を出版することは、もしかしたら天から与えられた試練、いや、天命なのかもしれない。そう考えれば、不思議と腹が据わった。僕は出版することを覚悟した。きっと、書かない理由を探す自分に、もう僕は抵抗したかったに違いない。
この本が世に出たとき、僕は一体何を思うのだろう。きっと、感慨深い気持ちになるだろう。そして、僕の人生に関わってくれたすべての人々に、心からの感謝を伝えることだろう。

出版社とのやり取りの中で、この本がより多くの人に届くよう自叙伝形式にすることになった。正直、これならいけるかもしれないと思った。なぜなら、僕はこれまでホームページの院長コラムで、自分の半生について断片的ながらも書き綴ってきたからだ。それらをコピー&ペーストで繋ぎ合わせれば、ある程度の原稿はすぐにできるだろう、そう甘く考えていた。
だが、それは大きな間違いだった。コラムはあくまで、その時々の思いや出来事を切り取ったもの。内容もバラバラ、時系列もバラバラで穴だらけなのだ。この穴を埋めなければ、一つの物語として成立しない。つまり、僕自身の人生をもう一度、詳細に振り返る必要があった。
それは、過去の自分と向き合う、孤独で長い旅だった。思い出の断片を一つずつ拾い集め、それを繋ぎ合わせ、足りない部分を思い出しながら埋めていく。2024年の年末から始まった執筆作業は、気がつけば半年もの月日が流れていた。
ただひたすら、院長コラムの延長線上にある自分の人生を、時系列に沿って書き続けた。気づけば、文字数は九万字にも達していた。内容はともかく、「そんな大それたこと、できるわけがない」と決めつけていた自分にやれたのだ。僕は、「やればできる子」だったのだ。(つづく)

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