【緊迫】突然の未明の電話、そして「致命率が高い」の文字:父の無力と祈り
「出産日は9月10日? いや、予定日の間違いではないのか」。僕は思わず、妻に聞き直した。 長女夫婦は、出産時の痛みを和らげる無痛分娩を選択していた。無痛分娩は計画分娩が一般的だ。医師が母子の状況を考慮し、最も安全なタイミングで計画的に行う。
当初、9月10日に予定されていた無痛分娩の日程は、長女の研修医としてのスケジュールを考慮してくれた担当医の温情で、9月2日に前倒しになったという。産後はしばらく実家で過ごすとのことだったので、僕たちは新しい家族の誕生を心待ちにしながら、淡々と受け入れの準備を進めていた。
そして、その日は突然訪れた。 8月20日水曜日の未明、枕元の妻の携帯電話が鳴り響いた。こんな時間に鳴る電話に、医師としての僕は反射的に「介護施設の患者さんが急変したのか」と思考が働く。 しかし、電話に応対する妻の様子が、いつもとどうも違う。不安げな顔で言葉を詰まらせ、ただ相槌を打っている。
電話を切り終えた妻は、信じられないような声で僕に言った。 「〇〇(長女の名前)が、妊娠高血圧症が悪化して、今から帝王切開するみたい」。 僕の頭は真っ白になり、心臓が大きく波打った。眠気は一瞬で吹き飛び、それからは一睡もできなかった。
寝られないならと起き上がり、専門外の産科情報をネットで調べた。 医師としての知識を求めた先にあったのは、「母子ともに致命率が高い」という、心臓を鷲掴みにする文字だった。
いてもたってもいられず、すぐさま妻に娘夫婦へ連絡するよう頼んだが、電話はなぜか一向に繋がらない。 僕は、ただただ、この世の誰にともなく「母子ともに無事で!」と祈ることしかできなかった。独立独歩生きてきたと自負していた僕が、「急変した娘に何もできない」と、自身の無力さを痛感した。
夜が明け始めた頃、ようやく義息から無事に出産を終えたこと、そして母子ともに元気なことが報告された。 その声を聞いた瞬間、張り詰めていた心がプツンと音を立てて切れ、安堵の涙がこぼれた。
それはあまりにも突然の出来事だったらしい。 いつも通りに研修医として勤務し、帰宅。仲間とのZOOMミーティングが終わった途端、突然みぞおちに激痛が走り、激しい吐き気と嘔吐、ひどい倦怠感に襲われ、自ら救急搬送を要請したようだ。
病院での種々の検査結果から、妊娠高血圧症候群の合併症であるHELLP症候群を併発していることが判明したという。この病気の唯一の治療法は、妊娠の終了、つまり出産することだ。 母体を救うため、急遽帝王切開による出産になったのはこのような経緯からだったのだ。
そして驚くべきことに、研修医でもある夫は、出産に立ち会っただけでなく、なんと妻の切開創の縫合までしたらしい。だからこそ、夫も長時間にわたって電話に出られなかったのだと、後になって知った。(つづく)