パンデミックの次はインフレか。医療・介護を襲う新たな危機:2025年は医療・介護不況元年(前編)
開業当初(平成19年(2007年))、理想と現実のギャップに「こんなはずではなかった!」と頭を抱えたことは一度や二度ではない。幸いなことに、年月を重ねるにつれて、経営面は右肩上がりの道をたどることができた。だが、振り返れば、クリニック経営に影響を及ぼす重大な局面がこれまでに二つあった。
一つは東日本大震災、もう一つは新型コロナウイルス感染症だ。いずれも日本全体を揺るがした歴史的出来事である。そして今、僕はこれまでとは全く異なる、より深刻な第三の波を感じている。それは、僕の個人的な見解だが、まさに「医療・介護不況元年」と呼ぶべき状況だ。
最初の転機は、平成23年(2011年)3月11日に発生した東日本大震災だった。この未曾有の大災害を境に、内視鏡検査の件数は伸び悩み、前年度を下回る月が多くなった。直接的な被害がなかったこの地域で、なぜこのような現象が起きたのか。僕が導き出した一つの考察は、国民の間に潜在的に生まれた「受診控え」という心理ではなかったか。
遠く離れた地で起きた甚大な災害が、いつ何時自分の身に降りかかるかわからないという漠然とした不安となり、それが医療機関への足からも遠ざけてしまったのではないか。この停滞した状況は、数年を経てようやく再び上昇トレンドへと転じることとなる。この経験は、社会全体の雰囲気がクリニック経営に直接的な影響を与えるという事実を、僕に痛感させた。
そして二つ目の転機が訪れたのは、令和2年(2020年)に国内で確認された新型コロナウイルス感染症だ。度重なる緊急事態宣言により、人々の活動は一気に制限された。「不要不急の外出」を控えるという世間の風潮は、当然ながら医療機関にも及んだ。緊急性のない受診はことごとく控えられ、開院以来初めて、人員の削減や給与の調整を余儀なくされるという、まさに経営の危機に直面したのだ。
令和2年を底にして、検査件数は緩やかに回復していったが、コロナ禍前の水準に戻ったのは、5類感染症に移行した令和5年(2023年)5月以降のことだった。
だが、安堵する間もなく、また新たな波が押し寄せている。この文章を書いている令和7年(2025年)の夏、僕はこれまでとは全く異なる様相を肌で感じている。今年はまさしく「医療・介護不況元年」になるだろう。
世界的なインフレと不安定な国際情勢、原材料価格の高騰、歴史的な円安による輸入コストの増加など、複合的な要因が重なり、物価は上がり続けている。コロナ禍で人々が受診を控えたのは「感染への不安」からだった。だが今、受診を妨げているのは「生活への不安」、つまり物価高による「財布の紐を締める」というマインドだ。その証拠に、内視鏡検査の件数は、あのコロナ禍のどん底であった令和2年並みの水準に留まっているのが現実なのだ。