映画『国宝』が描く人生の機微:医師が見つめた運命と無力さ:映画『国宝』を観て(前編)
吉沢亮主演、李相日監督の映画**『国宝』**が、僕の身近で「絶対に観に行ったほうが良い」とすこぶる評判になっていた。開業医として地域の人々と日常的に接しているが、映画がこれほどまでに生活の中で話題になるなんてそうそうない。これは見逃せないと強く気になっていた。
ネットニュースでもその評判は轟いているのは知っていた。しかし、作品の真価は先入観なく触れたいものだ。「ネタバレはバイアスになる」と判断し、コメント内容は一切覗き込まないようにしていた。
さらに言えば、この映画の重要なワンシーンが、なんと県下岩出市にあるホテルで撮影されたらしい。同ホテルが脚光を浴びていることをNHK和歌山放送局がわざわざ取り上げていた。和歌山県民として、身近な場所が日本文化の最前線に関わっていることに、誇らしい気持ちになったものだ。
「映画『国宝』が凄い」という言葉を聞き、「地元の映画館に来たら観に行こう」と決意してから約4ヶ月。ようやく当地の映画館でも封切られることになった。この機会を絶対に逃すまいと、遅ればせながら10月5日、日曜日に妻と二人で映画館に足を運んだ。
前回、映画館に足を運んだのはいつだったかと思い直したら、何と、新海誠監督作品『君の名は。』以来で9年ぶりになる。あの映画も当時の話題作だったが、「敢えて映画館に行ってまで」と感じている市井に生きる医師にとっては、今回も画期的な出来事だ。
日曜午前10時、地方の映画館でさえ、開場前から入場口に既に長蛇の行列が出来ていた。「さすが人気沸騰の映画だ」と思いきや、その多くは「劇場版『鬼滅の刃』無限城編 第一章 猗窩座再来」を目的とした若い世代だった。結果的に一時の『国宝』人気は落ち着き、僕の望み通り、周囲を気にせずゆったり快適に観ることができた。しかも、通常の映画料金1900円のところ、夫婦ともシニアということもあり二人で2400円だ。実にお得感のある久しぶりの映画鑑賞となった。
上映時間は長丁場とは聞いていた。上映中、万が一にもトイレに立たないよう、休日にも関わらず、朝食は通常診療日と同様、簡素なものにした。「いざ鎌倉」のように臨んだ映画鑑賞は、終わってみれば、時計を気にする暇もない、息を付く間もないあっという間の3時間だった。
エンドロールを眺めながら、「やっと終わった」が偽らざる正直な感想だ。医師として人間模様を日々見つめている僕からすれば、この映画は単なるエンタメではない。それは、運命に翻弄されるしかない弱さ、生老病死の前で立ちすくむしかない無力さ、抗うことが出来なくてもやらなければならない情けなさ。人間の人生の機微を描く、本質的なドラマだと感じた。(後編に続く)