贅沢な一夜と、僕が選んだ1,900円の日本酒:ウォルドーフ・アストリア大阪体験記(3)
BAR 「CANES&TALES」の重厚な扉を開けると、そこは完全に別世界だった。一歩足を踏み入れた途端、都会の喧騒は遠い幻となり、静謐な空気が僕の全身を包み込む。重厚な木製のカウンター、柔らかな照明、そして壁一面に整然と並んだ数々の洋酒が、まるでこの空間そのものが一つの芸術作品であるかのように感じられた。全面ガラス張りの窓の外には、梅田の街がまるで宝石箱のように煌めいている。僕はその絶景に、ただただ言葉を失い、息をのんだ。
O先生の威光のおかげで、我々一同は奥のVIP席に通された。普段なら、こういった席に案内されることはない。改めて、彼らとの繋がりの尊さを実感する。席に着くと、テーブルにはこのBARで催されている「マッカラン・フェア」のメニューが置かれていた。もちろん、マッカランの魅力を知らぬわけではない。馴染みの酒店から限定マッカランを購入している身には、その価値は重々承知している。だが、一杯4,000円を超えるマッカランベースのカクテルは、この場ではあまりにも非日常的すぎる。僕は「アルコールなら何でも良い」と告げ、メニューで一番安価だった1,900円の日本酒を選択した。この選択に、誰も文句を言わない。それが、僕らの関係性の心地良さなのだ。
ホテルにたどり着いた時、僕は怒りに打ち震え、山口百恵の「プレイバックPart2」が脳内に響き渡った。ポルシェ・タイカンの家族に冷ややかな視線を向けられた、あの瞬間を僕は忘れていなかった。だが、今は先ほどとは真逆の心境で、この心地良い空間で、尊敬する友人たちと語り合っている。あの時の憤慨は、もはや遠い過去の出来事のように感じられた。彼らの存在が、僕の怒りを溶かし、心を穏やかにしてくれたのだ。彼らと話していると、自分がいかに日常の些細なことに囚われているかがわかる。仕事のこと、家族のこと、そして未来のこと。さまざまな話題を交わす中で、僕の心は徐々に解き放たれていく。
この夜景のように煌めく時間こそが、僕にとっての唯一無二の喜びであり、明日への活力なのだと改めて感じた。時計の針は、すでに午後11時を回ろうとしていた。楽しい時間は、なぜこうも早く過ぎるのだろうか。名残を惜しみながら、我々は散会となった。部屋に戻り、僕はベッドに横たわった。窓の外の夜景は、まだ輝きを放っている。この夜が明ければ、再び日常に戻る。だが、この一夜の経験が、僕の心を確かに満たしてくれた。
翌朝、僕は期待に胸を膨らませた。僕にとって、ホテルライフの真骨頂は朝食とプールなのだ。朝一番の誰もいないプールで泳ぐのは至福の時間。そしてそれは、ホテルのホスピタリティを垣間見るいい機会でもある。静寂に包まれたプールで、ただ水と向き合う。それこそが、僕にとっての最高の贅沢なのだ。しかし、昨夜は飲みすぎたせいか、明け方に左ふくらはぎにこむら返りが起こり、残念ながら泳ぐことは叶わなかった。せっかくの機会を失った悔しさはあったものの、昨夜の素晴らしい時間と、窓から差し込む朝の光が、その残念な気持ちを打ち消してくれた。(最終につづく)






