届けたい、しかし届かないこの思い……(中編)
【昭和の残響、令和の焦燥】
「届けたい、しかし届かないこの思い……」
平成が終わり、令和も時を刻むこの時代に、あまりに昭和的、あるいはテレサ・テンを彷彿とさせるような古めかしいフレーズだ。場末のスナックで交わされる安っぽい演歌の、行き場のない独白。「私待つわ、いつまでも待つわ」――来るはずのない男を待ち続ける、あの女の心模様。
今の洗練された言葉で換言すれば、それは「痛い人の終わっている」救いようのない文言だ。しかし、これが僕の現在の、偽らざるやるせない心の叫びなのだ。
【霧の中に消えた二千の気配】
最新ツール「アナリティクス」は、僕にこう囁きかけてくる。
「先生、診察室の前には2,200人もの人が並んでいるんですよ。大丈夫、クラファンは必ず成功します」。そのAIの無機質な言葉に背中を押され、僕はクラウドファンディングという戦場へ飛び込んだ。確かに画面の向こうには、2,200人の気配を感じていた。彼らは僕の言葉を求めてここに集まっているはずだった。
しかし、いざ「本を届ける」という実戦が始まった瞬間、その2,200人の姿が、霧のように見えなくなってしまったのだ。目の前には、ただ真っ白な沈黙が広がっている。この霧の正体は何だろうか。僕が信じた「数字」は、ただの幻影だったのか。
【断片の処方箋か、全身の解剖図か】
2,200人の中には「タダで読めるコラムで十分だ」と考える方もいるだろう。確かに、ホームページのコラムは僕の一部で日常だ。だが、それはあくまで断片、あるいは一時的な「対症療法」に過ぎない。
対して、この一冊は僕の「解剖図」そのものだ。無料の言葉では決して触れられない、僕の最も暗く、最も熱い、剥き出しの臓物をさらけ出している。僕という人間を理解する「根本的治療」だ。
なぜ今、あえて有料という高いハードルを設けてまで届けようとするのか。自分自身に問うてみる。答えはたった一つ。「自分と同じ孤独を抱えた仲間」と共鳴したいからだ。
きっと、僕と同じように「自分はハズレモンだ」と自覚しながら、それでも白衣やスーツという鎧を纏って、平然を装い生きている人間がいるはずだ。僕はあなたに、この「孤独と叛逆の旗」を、僕と一緒に掲げてほしいのだ。
【静かな海、大いなるうねり】
このコラムを読んでいる「あなた」は、僕にとって「最も近い、そしてまだ見ぬ味方」だ。
この中の、たった一人でもいい。僕の「叛逆」の目撃者になってほしい。1,200文字のコラムでは書ききれない真実を、10万文字という濁流のシャワーで浴びてほしい。
今はまだ、凪いだ「静かな海」のように見えるかもしれない。だが僕は信じている。この言葉の礫(つぶて)を投げ込み続けた先に、ある日突然、海がひっくり返るような「大きなうねり」が生まれる瞬間を。僕は今、その波頭が生まれる予感だけを抱いて、キーボードを叩きつけている。
この章の最後に、自叙伝の一部を抜粋する。
『もし、この文章を読んでいるあなたが、人生の岐路に立ち、不安や迷いを抱えているなら、“ハズレモン”のささやかな人生が、一つのヒントになるかもしれない。ほんの少しでも「自分らしく生きる」ことへの勇気を与えられたなら、これほど嬉しいことはない』(完結編につづく)






