これも有名税か —— 搾取と無作法の荒野にて(前編)
【有象無象のノイズを峻別する】
一国一城の主になれば、有象無象、詐欺師まがい、狡猾な輩から、やたらとノイズが届くようになる。 「節税対策のためにマンション経営を」「いい投資案件があります」「今なら通信料金が安くなるので」……。そんな定型文の営業電話は枚挙にいとまがない。税金のことは信頼する税理士に任せているし、通信インフラに関しては長年懇意にしている会社がある。僕に直接語るべき余地など、どこにもないのだ。
したがって、スタッフにはこう指示している。「顧問がいますから、まずはそちらに電話をかけていただけませんでしょうか。必要なら番号を教えますが」 そう答えると、相手は食い下がるどころか、速攻で電話を切る。これほど分かりやすい正体もない。今ではスタッフも手慣れたもので、怪しいと感じた瞬間に「間に合っています」と一蹴し、即座に着信拒否の設定に叩き込んでいる。
【鉄壁の防波堤】
以前、スタッフが困惑した表情で相談に来たことがある。 「先生、〇〇さんというお知り合いはいらっしゃいますか? 先生のことをよく存じ上げていると仰っているのですが」 。心当たりなど微塵もない。即刻、着信拒否の指令を出す。
スタッフも日々、賢明に学んでいる。同様の問い合わせがあれば、まずは要件を冷静かつ具体的に聞く。不審に思えば「間に合っています」と毅然と対応する。それでも食い下がる図々しい輩には、第二の返しを用意している。 「院長は現在、内視鏡検査中ですので、折り返しお電話します。お電話番号を頂けますか?」 こう問えば、「あ、もう大丈夫です」と、ほとんどの場合、相手側から逃げるように電話は切れる。
稀に、「ではよろしくお願いします」と返答されることもあるが、その番号も即刻ブラックリスト行きだ。優秀なスタッフたちが築いてくれたこの防波堤のおかげで、下劣な営業電話が僕の手元まで届くことは、もはや不可能に近い。
【巧妙な搾取】
時効だから話そう。ある日、「求人広告を出しませんか」と一本の電話が入った。「一ヶ月間は無料で、不要ならすぐに解約できます」。スタッフが念入りに確認したという案内に、僕は「無料ならいいよ」と二つ返事で承諾した。その後、誰が見るとも思えない求人サイトに当院の情報が掲載されたのを確認し、意識から消えていた。
一ヶ月ほど経った頃、受付スタッフが青ざめた、今にも泣き出しそうな表情で「先生、申し訳ありませんでした」と謝りに来た。例の会社から、「一ヶ月を過ぎたから、プラットフォーム使用料と掲載代、計四十万円を支払え」という苛烈な督促が入ったらしい。 スタッフは中止の連絡を失念していたようだ。管理責任を問われた僕が、その会社と対峙することになった。
相手は「契約違反だ」と居丈高に主張する。だが、契約書といってもFAXで送られてきたペラペラの紙切れ一枚で、印影すらまともにない。向こうは「契約書を読んだか」と凄んでくるが、そんな粗悪なモノを精読する道理もない。何かと「訴える!」とうるさいので、「契約書を交わした覚えも、熟読した覚えもない。どうぞ、お望み通り訴えてください」と言い捨て、電話を切った。
【不幸な結末】
それ以降、相手からの連絡は途絶えた。彼らが声高に主張していた顧問弁護士からの訴状も、ついに届くことはなかった。 したがって、四十万も支払っていない。
当初、電話対応したスタッフは「私のミスです。四十万は私が払います」と自分を責め続けた。たまたま彼女が受話器を取っただけで、誰にでも起こり得た事例だ。僕は気にしなくていいと伝えたが、真面目な彼女の心は折れてしまったのかもしれない。
体調が優れない時期に重なった自責の念、そして狡猾な悪意に触れたショック。事なきを得た後、彼女は静かに退職届を提出した。 無作法な営業という名の「毒」により、一人の誠実な人間が、職場という表舞台から退場を余儀なくされたのだ。 (後編につづく)






