院長のコラム

大河の二滴、あるいは夢物語の終焉──田辺市公立大学設置構想の舞台裏

田辺市大学構想問題を一人称で語るノンフィクションでまとめました。

【憩いの紙面に投じた「冷徹な数字」】
2026年2月28日、僕が住む和歌山県田辺市の地元紙「紀伊民報」の『読者の声』欄に、いつもと毛色の異なる文章が掲載された。
中央紙の読者投稿欄が「社会への提言」という鎧をまとっているのに対し、地方紙のそれは「季節の便り」や「日常の幸せ」が綴られる、いわば地域の憩いの広場だ。
そんなのどかな場所に、僕は公立大学新設という壮大な青写真に対する「意見書」を叩きつけた。徹底的に欠けていた「経営的視点」──現実的な収支(数字)と、逃げようのない防災(リスク)という冷徹なロジックを突きつけたのだ。
ことの発端は、現役の大学教授らで設立された「立初(たてそめ)創成大学設立準備財団」(現 立初教育財団)が、田辺市に持ちかけた提案だった。高等教育の「空白地帯」に学びの場を創り、若者の流出を食い止め、地方から日本を元気にする人材を育てる――。
「千年先の道を照らす教育を熊野から」
大学設立準備財団が掲げる大義名分はとても美しく、耳に心地よい。
だが、長年この地で地域医療の現場に立ち、一経営者として「現実」と対峙してきた僕の目には、その青写真の裏に潜む致命的な病巣が看過できなかった。その理念は、まるでCMのキャッチコピーのようにフワリと舞っていて掴みどころがない。
「読者の声」掲載直後から、僕の周囲はにわかに騒がしくなった。クリニックの診察室では患者さんから「先生、よくぞ言ってくれた」と声をかけられ、街を歩けば知人に呼び止められ、「さすが長嶋先生だ」「田辺市はどうかしとると思っていた」と、まるで喝采を浴びるような状況になった。
正直に言えば、その反響の大きさに僕自身が一番驚いている。僕は大学構想反対派の急先鋒でもなければ、ましてや田辺市を救う英雄でも政治家でもない。30年以上内視鏡を握り、日々淡々と診療を続ける、ただの一介の町医者に過ぎないのだから。
しかし、なぜ僕がここまで踏み込んだ発言をするに至ったのか。そこには、僕なりの苦渋の決断と、ある「人間関係」があった。

続きは、noteという名の独房で。一つの物語にまとめるにあたって、僕の心の暗闇に一部光を当てました。無料で読めます。しかし、感想は読んだ「あなた」の心に留め置いてください。https://note.com/hazremon/n/n930f6d6e6303?magazine_key=m9ed2d799b42f

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