院長のコラム

マッキー考:『太陽』が僕の人生の転換期と重なった日

今回のマッキーのバンドメンバーは、いつものレギュラーメンバーに加えて、ホーンセクションとストリングスまでもが加わった、総勢20名近い大所帯だった。レギュラーメンバーだけでも、彼の音楽の重厚で緻密な音世界を十分に聴かせてくれるのに、管楽器と弦楽器、さらにはパーカッションとドラムを打楽器と考えれば、今回の編成は、まさにプチオーケストラの様相を呈していたと言っていい。
そのサウンドは、スロウナンバーではより情感豊かに、アップテンポな楽曲ではスウィングが効いたノリノリのリズムで、マッキーの楽曲が持つ本来の良さを、極めて艶やかにサポートしていた。僕のような「聴く側」からすれば、その贅沢な音の奔流に、ただただ酔いしれるしかなかった。

ライブのオープニングは、僕たちファンには堪らない『もう恋なんてしない』をはじめとする初期の名曲群のオンパレードだった。「最初からこんなに飛ばして、最後まで大丈夫かな?」と、余計な心配をしてしまうほどだ。
しかし、考えてみれば今回は35周年というアニバーサリーツアー。マッキーのミュージシャンとしての歩みを振り返る集大成的なライブであり、紆余曲折のあった彼の音楽人生の軌跡そのものを表現するものだった。まるで章立てするかのように、4、5曲単位で巧みに「時間軸」が構成されていた。
何度かマッキーのライブに足を運んで分かったことだが、このライブのセットリストに深く関与しているのが、バンドメンバーであるマニュピレーターの毛利さんである。最終的な判断は本人がするにせよ、選曲という極めて重要な部分を、第三者に委ねるマッキーの寛容性(あるいは、他者の感性を信じる姿勢)には、毎度ながら恐れ入るばかりである。

今回のライブで、僕の心に強く残った曲が3曲あった。一つは『太陽』である。
これは、あの事件後に発表された復帰第一弾アルバム『太陽』の表題曲である。どん底、地獄、絶望の淵に落ちた彼が、生と死を見つめ直し、再生もしくは救済を強く求めた、悲痛なメッセージが込められたアルバムだ。その中で、想像を絶する苦しみから「生まれ変わる」という意志を最も強く表明した曲が『太陽』だと、僕は認識し、感じ取っていた。
それは、かつて同じように事件を起こした後の尾崎豊が発表したアルバム『街路樹』の表題曲にも通じる、「自己救済の叫び」のように感じられたのだ。
実は、アルバム『太陽』が発表された当時、僕自身も自己の再生を迫られる人生の転換点に立っていたのだ。父親が亡くなり、長男でありながら家督を継ぐことができなかった。「これから、僕はどこに向かっていけばいいのだろうか」と思案の末、選択したのが母校・川崎医科大学への就職だった。
父という精神的な柱を失った喪失感、慣れない単身赴任による孤独感、そして先の見えない不安感。僕もまた絶望の淵にいたと言っていい。2020年2月の院長コラム「太陽」では、『「自分の置かれた状況に、いつか太陽が差し込み、温もりを感じることが出来る日がきっと来る」そう自分に言い聞かせた』と綴っている。
その個人的な「再生のテーマソング」とも言うべき忘れられない楽曲を、今、このライブ会場で聴くことが出来たのだ。この時の感慨はひとしおだった。(最終編につづく)

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