院長のコラム

栗城史多という人(2)


栗城さんのことは全く知らなかった。予備知識がないまま番組を見ていて、彼の死は必然だったように思えた。なぜ彼が追い詰められ、爆死とも言える死に方を迎えたのか、自分なりに答えを出さなければ、いつまで経っても後ろ髪をひかれるような気がした。

(1)肥大化するだけの自己顕示欲
彼が無名だった頃、功名心など微塵もなかったことだろう。山に登りたい、それを誰かに知ってもらいたい、ただそれだけだったに違いない。しかし、SNSでの影響や反響が自分の想像していた以上のものだったのだろう。何者でもなかったのに、いつの日か何者かになった気分になってしまった。もっと自分のことを知ってもらいたい、そのためにはもっと冒険を、と考えたのは想像に難くない。いつしか虚栄心まで芽生えたようで、「日本人初となる世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦している」と自身を語るようになったらしい。番組内でも述べられていたが、斯界では、「単独無酸素」という用語の使用法は厳格に求められているようだ。プロアマ問わず登山家の端くれなら、その用語の使用法は理解していたはずである。元々が自意識過剰なのか、承認欲求が強いのか、それとも今まで満たされなかったことに対しての復讐なのか。何を契機に自らを大きく見せようとするようになったのか、知りたいところである。

(2) SNSにおける集団心理の怖さ
昨年の渋谷ハロウィーン騒動は記憶に新しい。軽トラックを横転させた事件で四人が器物損壊疑いで逮捕された。このニュースを見た時、改めて集団心理の恐ろしさ、そして愚かさを感じた。とはいえ、理解できなくもない。コンサートがそうである。同じ場所、同じ瞬間が醸成する何とも言えない高揚感がそこにあることは誰でも知っている。理性がそれを抑えられるかどうかだけの話しである。それが、現実社会とかけ離れたネット世界ではどうだろう。見ず知らずの人と交流することに抵抗がある僕は、SNSを活用していない。したがって、TwitterやFace bookの「いいね!」やフォロワー数が自身にどのような影響を及ぼすかあまり分からない。自分の性格上、SNSを始めるときっと執着して日常生活や業務に支障をきたすのは必至である。SNSと距離を置いているもう一つの理由である。SNSにおける「いいね!」「頑張ってください。」「勇気づけられました。」「期待しています。」の声が、栗城さんの背中を後押ししたことは間違いない。けれども、彼は「冒険の共有」と称して命をかけて取り組んでいた。頑張れば頑張るほど、それは即ち命を削ることになる。エベレスト登頂断念が続くと、SNSの声は非難や誹謗の声が大きくなっていった。番組を見ていて、匿名の無責任な言葉に虚しさを覚え、それに翻弄される彼に切なさを感じた。

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