院長のコラム

紀州のドン・ファン

 

この地域にとてつもない、というか尋常ではない、もっと言えば常人の域を越えた傑物がいた。「紀州のドン・ファン 美女4000人に30億円を貢いだ男」という本を講談社+α文庫から上梓した方である。氏は二年ほど前、当時交際していた五十歳も年の離れた女性から現金600万円と貴金属5400万円が盗まれたことでワイドショーの話題になった。決して男前とは言えない小柄な初老男性がモモヒキ姿でインタビューに応じ、「一億円ぐらいは紙切れみたいなもの」とうそぶいていたそうだ。地元紙で小さく取り上げられた事件が、全国放送で取り上げられ世間の耳目を集めたのはひとえに彼のキャラクターによるものである。

僕が高校生の頃から氏は、ある意味有名人であった。当時は金融業を営んでいて、会社名が某有名アパレルメーカーと全く一緒で係争していたのを鮮明に覚えている。確か、借り主からナイフで刺された事件もあったように覚えている。社名を変更した後は、田辺駅前にとある歌手を起用した大きな立て看板を設置していたのが鮮烈だった。決してセンスがいいと思えるものではなく、帰省する度、悲しくとほほな気分になった。正直、怪しく胡散臭い近づきたくない人間とずっと感じていた。ところが、クリニックを開業してから数年後、氏の前妻とのひょんなご縁で彼が主催する会に招待されることになった。同業者の中では異端だが、社会人としては全うに歩んできた自負があった僕は出席をためらった。会の趣旨もわからなければ、どんな人が参加する会なのか知らされていなかったからだ。思案した挙げ句、怖いもの見たさが理性を上回った。白浜の高級ホテルで開催された会に飛び込んでみた。

顔は何となく知っていたが初対面である。金融業に不動産業、恰幅のいい脂ぎった男性がまくしたててしゃべるのかと思いきや、意外や意外、小柄な男性が終始にこやかに座っているだけなのだ。招待者は確か三十数名だっただろうか、関連企業を中心に名だたる方が出席されていた。会の中盤、司会者から出席者に一人一言が求められた。皆が一様に「社長には大変お世話になった。」旨を語られた。歯に衣着せぬ一番の若造の僕に順番が回ってきた。お世話になったこともなければお世話した覚えもない。率直に、「今日の会の目的がよくわからない。」「なぜこの場に僕がいるのか不思議。」と面白おかしく話したところ、僕を気に入ってくれたのだろうか、以降年に一回程度、氏の主催する会に招待されるようになった。初めて会に出席させてもらってからしばらく、タダ飯を食べさせてもらったが故に「たかられるんでは?」、内心ビクビクしていた。以後四、五回程度、氏主催の会に参加させていただいたが、一度たりとも恩義せがましくされたことはない。一度だけ閉口したことがあった。「嫁に買ったベンツの領収書を見てほしい。」と氏の伝言を預かった従業員が領収書を持ってきたのだ。どう答えていいのか、なんと返事していいのか、途方に暮れた。

氏は五月二十四日に突然亡くなられた。僕が訃報を知ったのは翌二十五日である。この地域では賛否両論、いや否が圧倒的に多い人物だと感じている。しかし、僕にとってはともあれお世話してくれた方である。僕の備忘録に、色々な意味で凄い男がいたことを記そうと書き始めたのが二十七日である。その日は何かと慌ただしく、その日のうちに書ききれなかった。週明けの二十八日月曜朝、ネットニュースを見るや否やびっくり仰天、氏の遺体から覚醒剤が検出され県警が覚醒剤取締法違反で調査し始めたことがトップ記事になっていた。夕刻、氏の事務所と同じ地区にある我が家に警察官が、「ここ最近、不審人物を見ませんでしたか?」と訪ねてきた。翌二十九日、氏の通夜の日の朝、県警が殺人事件も視野に捜査を進めていることがネットニュースのトップ記事になっていた。まるで小説のようなことが現在、片田舎で起こっている。サスペンス、ファンタジー、ホラー、恋愛、コメディー、はたまた復讐劇、現時点では誰も結末は分かっていない。

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