「毒」の記憶と、54年ぶりの風:ローマ愛・第二章―最下層フェラーリスタの受難と狂心―第1話
【この文章のはじめに、ハズレモンから】
「ハズレモン」という自虐と叛逆のフィルターを通して世界を眺めるとき、僕にとってフェラーリというクルマは単なる移動手段でも、成功のシンボルでもない。理性を無残にへし折り、日常の退屈を焼き尽くす「毒」そのものだ。
かつて自院のコラムで熱っぽく語った「ローマ愛」から数年。
狂乱の高級車バブルの残響、54年ぶりの衝撃、そしてフェラーリスタのピラミッドの底で繰り広げられる地這うような焦燥感――。
これは、効率や理性からはほど遠い場所で、激しく心を揺さぶられ続ける一人の「ハズレモン」の「ローマ愛」第二章である。
【理性をへし折った「毒」の記憶】
「僕が手にした『ローマ』は根本から違っていた。衝撃、欲情、そして制御不能な情動。それらが貧弱な理性をあっさりとへし折った。『音がうるさい』『足が硬すぎる』……凡庸な物差しが並べる欠点など、ステアリングを握り、アクセルを一踏みした瞬間の快楽の前には、ただの雑音に過ぎない。乗り手の呼吸を乱させ、正気を失わせるバイブレーション。紀州田辺の路上のうえで、都会的で洗練されているという妄想を引き起こす『毒』こそが、ローマの正体だった。僕は改めて、ガレージに佇むローマの、不器用なほどに豊潤なラインを愛でる。結局のところ、僕らは効率的に移動したいわけではないのだ。激しく、残酷なまでに心を揺さぶられたいだけなのだ」
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