山陰、雪の洗礼:年末の山陰弾丸カニツアー(2)
12月27日、土曜日。僕の沈んだ気分とは裏腹に、空は抜けるような快晴だった。 これほど億劫な出発に、これほどの晴天は必要ない。かといって、僕の心象風景を映し出したような土砂降りならば、それはそれで甚だ遺憾である。「行かん」わけにもいかん。この旅路において、澄み渡る青空はせめてもの「神の計らい」と思うことにした。 午前9時半過ぎ。時間に余裕を持って、2台のアルファードは静かに自宅を出発した。
時給一万円(相当)の男がハンドルを握る「1号車」は、大阪で長女家族をピックアップする。妻がハンドルを握る「2号車」は、和歌山で次男を拾い、そこで次男に運転手交代。両車は中国自動車道の加西サービスエリアで落ち合う手筈だ。 道中は思いのほか順調だった。このペースなら午後3時前には三朝温泉に到着予定。「早く着いても温泉入るだけやな」、加西で名物のラーメンをすすりながら、三朝周辺の観光名所を検索した。その場のノリと勢いで、立ち寄り先は「鳥取砂丘」に決定した。
しかし、中国道・佐用インターチェンジを降りて北上するにつれ、近畿の柔らかな太陽はいつの間にか鉛色の厚い雲に隠れてしまった。鳥取砂丘に降り立つ頃には、空はそぼ降る雨を伴う、典型的な日本海の冬へと変容していた。
頬を打つ鈍色の寒風。時化(しけ)た灰青の海。僕の脳内では、石川さゆりの「ヒュルリ、ヒュルリララー」というメロディが、切なくリフレインしていた。 吹きすさぶ寒風の中、湿った砂が足元に纏わりつくのを嫌って砂丘に踏み込めない我々年配者と、それにもめげず果敢に砂丘の頂を目指す若者たち。歳を取るということは、すなわち「熱意と意欲が逸失すること」なのだと、目の前のコントラストが残酷に教えてくれた。
砂丘を後にして、目指す三朝温泉まではさらに西へ。山間(やまあい)を1時間ほど走らねばならない。車を進めるうちに雨はいつの間にか雪へと変わり、視界は山下達郎の『クリスマス・イブ』を思わせる銀世界に変貌を遂げた。 ……いや、もっと言えば「車を5時間走らせると、そこは雪国であった」。川端康成も驚くほどの、劇的な幕開けである。
結局、鳥取砂丘経由で宿泊先の「三朝館」に到着したのは、紀伊田辺を出発してから7時間が経過した頃だった。 ふと思う。僕が運転する1号車には、僕を含めて4人の医師が乗っている。もし万が一のことがあれば、数億円の保険金が支払われることになるのではないか……。そんな客観的な事実を反芻し、思わず身震いした。
夕食までの1時間。一同の心身の疲労を癒やすべく、そして何より長距離運転に従事した僕の肉体を再起動させるため、世界屈指の「ラドン泉」を堪能することにした。 うどんでもなければ、怪獣でもない。ラドンとは、ウランが自然崩壊する過程で生成される無色・無味・無臭の放射性希ガスだ。 これを呼吸や皮膚から摂取することで、「ホルミシス効果」——すなわち微量の刺激が細胞を活性化させる作用が期待できる。自然治癒力の促進、血行改善、免疫力向上……。まさに、疲れ切った中年の身体にはうってつけの処方箋である。
「365日、毎日温泉に入っていれば、医者なんて商売は要らなくなるんじゃないか」 温泉を訪れるたびにそう思う僕は、医学を志した者として愚の骨頂だろうか。 とはいえ、二日間の「日雇い運転手」に甘んじる僕にとって、これほどありがたい効能はない。 湯の中で、かすかに金属のような匂いを感じた。……いや、無色・無味・無臭のはずだ。これは、オトンの頭がアホンになったせいだろうか。(つづく)






