院長のコラム

タイムシャワーに射たれて――久保田利伸とインバウンドと、我が家の「太陽」

<第一章:1985年、お坊ちゃんたちの胎動と「未知なる新人」>
1985年、全寮制の狭い部屋。全国から集まったお坊ちゃんたちがJ-POPの産声に揺れていた。尾崎、佐野、ユーミン。そんな百花繚乱の時代に、僕の耳に飛び込んできたのは、異世界のサウンドを纏った一人の男。僕の細胞が初めてブラックミュージックのグルーヴを記憶した、あの衝撃の出会いから物語は始まる。

【青春の寮生活と、百花繚乱の音楽たち】
僕が川崎医科大学に入学したのは、1985年(昭和60年)のこと。当時の我が母校は2年間の全寮制が義務付けられており、それまで安穏と暮らしてきた「お坊ちゃん」たちが、突如として「医師になる」という共通の目的のもと、ひとつの屋根の下へ放り込まれることになった。
自衛隊への入隊であれば「祖国防衛」という大義名分が明確だが、右も左も分からぬ若者が、いきなり目的が曖昧なまま集団生活を強いられるのだ。当初は少なからず戸惑ったものだ。そのあたりの悲喜こもごもを語り出すと長くなるので、ここでは僕の人生を彩った「音楽体験」に絞って筆を進めたい。
寮生活の醍醐味は、全国から集まった多種多様な人間との化学反応にある。高校時代からの僕は、男性アーティストなら尾崎豊、佐野元春、浜田省吾。女性ならユーミンを筆頭に、薬師丸ひろ子などを好んで聴いていた。しかし、寮という場所は、他人の嗜好を否応なしに浴びる空間でもある。
今振り返れば、当時はまさに「J-POP」の胎動期であった。寮の仲間や先輩たちの部屋から流れる音に影響され、ハウンド・ドッグ、大沢誉志幸、レベッカ、大江千里、渡辺美里、BOØWY、TM NETWORK……と、まさに百花繚乱。さらに洋楽ではユーロビートも全盛期を迎えており、僕の人生において、これほどバラエティに富んだ音楽を貪欲に吸収した時期はほかにない。

【音楽情報雑誌と未知なる大型新人】
当時の邦楽のメインストリームといえば、TBSの『ザ・ベストテン』に代表されるような歌謡曲や演歌、そしてフォークソングの流れを汲むニューミュージックのシンガーソングライターたちだった。
インターネットもない時代、僕の貴重な情報源は、ソニー・マガジンズ社が発行していた月刊音楽雑誌『ギターブックGB』だった。といっても、邦楽のトレンドを追いかけていたわけではない。ただ単に、お目当ての尾崎豊や佐野元春の新着情報を得るために毎月貪欲にページをめくっていたに過ぎない。
その誌面で、あるとき「期待の大型新人」として大々的にフィーチャーされていたのが、久保田利伸という男だった。きっと、彼を紹介するライターの熱量に、僕のアンテナが敏感に反応したのだろう。気がつけば僕は、1986年9月に発売された彼のファーストアルバム『SHAKE IT PARADISE』のCDを買いに走っていた。

【『流星のサドル』がもたらした別世界のグルーヴ】
R&B(リズム・アンド・ブルース)やブラックミュージック、ファンク、あるいはラップといった概念すら、地方出身の無垢な医学生は知る由もない。そんな僕にとって、1曲目の『流星のサドル』が鳴り響いた瞬間の衝撃は、今でも忘れられない。
音楽理論など分からずとも、それまで聴いてきた邦楽とは明らかに一線を画す、別世界のグルーヴがそこにはあった。疾走するリズム、洗練された都会的なポップセンス、心地よく刻まれる日本語のラップ、そして後に不朽の名曲となる『Missing』に代表される、胸を締め付けるようなバラード。
世界観もテンポも異なる名曲たちが万華鏡のように散りばめられたそのアルバムは、まさに「音楽の宝石箱」そのものだった。
彼の音楽に骨抜きにされた僕は、セカンド・アルバム『GROOVIN’』、続く『Such A Funky Thang!』、精度を高めた初のベスト盤『the BADDEST』まで、狂ったように聴き漁った。20代前半という多感な時期だからこそ、あの未知なる刺激をすべて細胞レベルで吸収できたのだろう。
しかし、医学生の日常は甘くない。学年が進むにつれて進級のプレッシャー、臨床実習、医師国家試験という名の高い壁が立ちはだかる。環境の変化とともに、いつしか僕の耳が欲する音楽は、また元のお馴染みのアーティストたちへと収斂していくことになった。

第6章までつづく、この物語の続きはnoteで。無料で読めます。https://note.com/hazremon/n/n9982b216d5a4?magazine_key=m9ed2d799b42f

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